2011年1月5日水曜日

こんな時代でも石の上にも三年?

辛いことも耐え続ければ報われるの意味ですが、転職市場では一つの経験として認められるのは実務経験三年と言われるらしい。

常々思っていたのだけどこの三年ってラットイヤーと言われる現代のビジネスの世界でも妥当な長さなのだろうか?

昔の3年はラットイヤーで考えるなら50日と同じはずだ。でも僕らはある業務を50日やったところであまり身に付いている気がしないと思う。それは何故か?

ラットイヤーと言われるのはあくまで情報の流れの速さであって、同じスピードで僕らは吸収出来るわけではない。ボトルネックは吸収スピードだ。では吸収スピードはどうやって決まるか?幼少期から高校生くらいまでに獲得する学習方法、学習効率だ。僕らの高校時代までは書いたり読んだり触ったりすると言う学習方法がほとんどだったと思う。例えパソコンがあっても今みたいなネットワークの早さもなければインターネットもない。多少の効率が良くても所詮は1.2か1.3くらいしか上がらなかったと思う。

でもインターネットが当たり前に存在する今のネット寵児達は、このインフラを前提にした20倍効率的な学習方法を獲得するかもしれない。「いやーいくらインターネットがあったってモノは書いてこそ覚えるんだよね」と言う人達は残念ながら書いて覚える学習機構が自分の中に確立しちゃってるからそう思うのであって、ネット寵児達には適用されない。

学習機構は生物学上の機能以外は後天的に獲得されるはず。脳内は電気信号で情報伝達されるから理論上はネットの世界と同じスピード。それとも今のコンピュータの世界と同じくボトルネックは記憶へのI/Oなのかな?

少なくともまだ5年は今の教育機関のデバイスは変わらないだろうから本当のネット寵児が台頭してくるのはあと10年後くらいだろうけど、下手すると40歳のオヤジが3歳の子供にいいように使われる時代が来るのかもしれないねぇ。



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